若槻武義〈雅号 武義〉 引退 昭和21年雲州七人衆の一人に認定
あまりご存じない方が多いようですが以下のようなエピソードがあるんです。
水害に合ってしまった二代目永臺さんのそろばんが修理に出されたとき、修理不能なため代わりにと言うことで”品評会で1位“の武義の作品を送ってもらったというエピソード。永臺さんまではいわないけれどそれと同等に近い評価がされていたことが伺えます。
何せ雲州七人衆と言ったらたった七人しか認定されていないのですから・・・
昭和30年、40年代の職人番付において張出横綱の地位を占めていました。
私自身も昭和37年ごろ当時の師匠に唯いた19桁で岩柘植玉のそろばんを60年近く愛用しています。
雲州七人衆とは、当時7にが算盤つくりの名工とされ特級品としての販売を許されたものです。今では氏の作品で未使用のものをお持ちの方はほとんどいないでしょう。
20年以上にわたって職人番付で横綱の地位を保っていた卓越した職人さんだと思います。